HOT STUFF 3






 自分からしゃべろうとしない知盛をせかしすかし、何とかそこまで聞き出した望美は不満げに頬を膨らませた。
「知盛
も将臣くんも私に何にも教えてくれなかった……」
「神子殿がそんなに興味を持つとは思わなかったのでな……」
「知盛が何か始めたっていうなら、それは気になるよ」
 『だって彼氏でしょ?』とは照れくさくて言えないけど。
「しかもモデルだなんて、本当にびっくりしたんだから。この間まで戦場にいた人が、ずいぶんな変身だよね」
「……いや。存外違うものでもなさそうだ……」
 望美が不思議そうな顔になる。
「いくら多勢を連ねたとて、戦さ場で最後に頼りになるのは結局のところ自分の腕……。モデル……とやらも、売り物はこの身ひとつ……なのだからな」
 何だかぜんぜん違っているような、違っていないような。だが知盛がそう言うなら、それは確かにそのとおりなのかもと望美は妙に納得する。
「で、どうなの、『お仕事』は?」 
「…………疲れる」
 ぼそりと一言。
「あれこれ指図されるのは性に合わん。ここで寝ている方がいい……」
「えーっ。じゃあ、やめるの?」
「……さて、な。気楽に言ってくれることだ、神子殿は。そもそもの始まりは……」
 最後の方はつぶやくように発されて、望美にはよく聞き取れなかった。
「え?」
「いや……」
 それきり口をつぐんでしまう。望美としては、誰もが憧れる業界の生の話を聞きたかったが、これ以上尋ねても口を開きそうもないので、今日聞き出すのは残念だがあきらめた。 
「とりあえずは続けてみるさ。おまえの驚く顔を見るのも悪くない……」
 新たな仕事はすでに複数決まっていた。それもほとんどオーディションなしだ。通常はエージェンシーに登録したからといって自動的に仕事がやってくるわけではなく、モデルはオーディションを受けて合格しなければ活躍の機会は得られない。
 だが知盛についてはマネージャーの力量なのか、事前に仕事を厳選しうまく話を通してあるものと見え、オーディションといってもごく簡単な顔合わせ程度で済んでいた。ど素人でまったくの新人にとってそれがどれほど破格のことか、知盛にもうすうす想像はつく。
 知盛の仕事のマネージメントは例の彼女がみずから行っている。おおぜいの前でウオーキングでもしろなどといったら、それだけでやめたと言い出しかねない彼の性格を彼女はすでによく把握しているものと見えた。さすがの知盛も、今のところ彼女の努力を無にするようなことはしていない。
「案じるな。適当にやるさ……」
 相変わらずの調子の知盛だったが、望美はふと眉を寄せた。モデルといえば恵まれたスタイルは必須といえど、それだけではなく、ああいう世界は礼儀と人間関係が大事だとどこかで読んだのを思い出したのだ。それらは両方ともいつもの知盛に著しく欠如しているものだ。傍若無人な態度に無類の面倒くさがりで、うまくやっていけるものだろうか?
 でも以前、宮中ではそれなりにやっていたようではあるし……というか、やる気になれば何でもできるはずなのに、やらずにだらだらしているのが知盛の仕方のないところ。ということは、モデルの仕事も本人がその気にさえなれば、ちゃんとこなせるってこと?
 何にしても、知盛がやることを見つけたのなら、それはそれでとてもいいことのはず。日がな一日ごろごろして望美を待っているより、よほど。
「まあがんばってよね。知盛、家にいても退屈だろうし」
 笑顔の望美に、ふんと知盛が鼻を鳴らした。
「確かに暇だな。ここでは刃を交わす相手もいない。神子殿が相手をしてくれるというなら別だが?」
「残念でした。こっちの世界では刀を振り回してたら犯罪になっちゃうもん」
「では神子殿には、ほかの相手をしていただこうか……」
 ずい、と知盛が望美との距離を縮めてくる。
「な、なに」
 望美は遠ざかるようにソファの上で腰をずらした。家にはふたりきり。となれば知盛がしかけてくるのは……。
「だめ。譲くん帰ってくるから」
 伸びてくる手を払いのけながら言った。しかし知盛は毛ほども気にしていない様子だ。
「譲は今日は弓の修練があるはずだろう? 将臣はアルバイトだ。つれないな、神子殿は……。それとも拒むことで俺を煽ろうとでも?」
「違うってば!」
「最後におまえを抱いてから何日経つ……?」
「えっと、えっと……きゃっ!」
 つい数えようとした隙に、知盛は望美をソファに押し倒した。のしかかりながら彼の右手がめくれあがったスカートの中にすべりこむ。
「10日だ」
「そ、そうだっけ」
 部活にバイトに補習に宿題、それに友人とのつきあい。高校生は何かと忙しいのだ。
「こちらの世界ではおまえを抱くこともままならない……」
「そんなことないでしょ!」
 知盛の手から生み出される甘い波から必死に意識を反らしながら望美は抗議した。知盛はいつでも好きなように望美に手を出してくる。時には部屋まで忍んできて―――。それを許してしまう望美も望美だが。
「いつも知盛は……好き勝手にしてるじゃ……」
「将臣たちは、学校とやらでもおまえと一緒だろう?」 
「それはそうだよ、私たち高校生だもん。学校行かなくちゃ」
「俺がそこに行くわけにはいかない、ということだったな」
「む、無理だってば。知盛、年齢考えてよ!」
「ならばせめて、共にいる時は甘い声を聞かせろよ。俺を満たしてくれ……」 
 男が唇をふさいできて、それ以上の反論を封じてしまう。肌の上をきままに這い回る指に望美は小さくあえいだ。体はすっかり知盛の与えるものを覚えてしまっていて、きっかけさえあればいつでもたやすく燃え上がる。
 そういえば、京にいたころはもっと知盛と過ごしていたような気がする。こちらの世界に来るまでの少しの間だったけれど、時には夜通し甘い歓びに夢中になっていた。それを思えば、こちらに帰ってふつうの生活が戻ってきて、彼との時間は確かに前より自由じゃないかも―――。
 本当は知盛に抱かれるのは嫌じゃない。すごく気持ちいいし、求めてくれるのもうれしい。
 ただ恥ずかしくて―――快楽に没頭するまでのほんのひととき、理性が働きすぎるだけで―――それにいつも相手の思い通りになってしまうことがちょっとくやしくて―――それでもやっぱり彼のことが好きだから、最後は望むままに溺れてしまうのだけれど。
「神子殿……」 
 耳元で低く名をささやかれ、望美が観念したように知盛の背中に腕を回した時。
「あー、おい」
 突然聞こえた将臣の声。
「きゃっ!」
 驚いた望美はふだんの何倍もの力で知盛を押しのけると、ソファにあわてて座り直した。
「……兄上。お早いお帰りで」
 どつかれた肩を撫でながら、知盛は転がり落ちた床の上からのっそりと起き上がった。居間のドア口に立った将臣がやれやれと首を振る。
「邪魔して悪かったな。今日は店長の都合で早く店閉めたんだよ。だけど、そんなところでいちゃついてりゃ、いやでも目に入んだろ。仲いいのはわかってるから、やるなら部屋でやれ、部屋で」
「違う違う、将臣くん、帰ってきてくれてよかったよ」
 ブラウスの襟元をいそいで直しながら望美は言った。さいわい服はほとんど乱れていない。あと5分遅かったらとても向き合える格好ではなかったろうが。それでも恥ずかしくてたまらなかった。
「ま、俺でよかっただろ。譲だったら知盛、おまえしばらくメシ抜きだぜ?」
 肩をすくめて将臣は居間を通り過ぎ、台所に行くと冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを出してコップに注いだ。喉が乾いていたのだろう、一杯目を一気に飲み干し、さらにまた注ぐ。コップを手に戻ってくると、居間のテーブルの上の雑誌に目を留めた。
「ああ、さっきのか」
 言いながらページをめくる。
「よく映ってるよな」
 望美は羞恥心を隠すようにちょっと強い口調で言った。
「将臣くん、私と譲くんには何も言ってくれなかったよね。ちょっと水臭いじゃない?」
「そう責めるなよ。俺だって、知盛がどこまで本気かよくわからなかったんだからさ。知盛、あのあと、どうなんだ?」
「まあまあ……だな」
「まあまあ、ね……。おい、保護者にもきちんと仕事してるところを一度は見せろよ?」
「誰が保護者だ……」
「保証人欄にオヤジの名前とハンコ貸してやったろ」
「将臣くん、また載るんだって。ねえ知盛、いつ発行? どの雑誌?」
「来月……だと思ったが。どれかは……知らん」
 もう、ちゃんと教えてよーと望美が声を上げる横で将臣が言った。
「へえ、すごいな。だけどせっかくなら雑誌に載った写真だけじゃなくて、一度生で見たいもんだな。おまえがおとなしくカメラの前に立って、写真をばちばち撮られてる様子をさ。望美も、知盛があーだのこーだのポーズつけてるところ見たくないか?」
「うん! 見たい見たい!」 
 先ほどまでの甘い表情はどこへやら、目をきらきら輝かせる望美に知盛はひそかに吐息をついた。
「……そう、楽しいものでもないが」
「知盛はそうでも私は見たいな。だって撮影現場を見る機会なんて、ふつうないでしょ? しかも知盛がモデルなんだよ! 絶対見たい!」
「言っておく。まあ、いずれ、な……」
 わーいわーいと喜んでいる姿に知盛は再び吐息をついた。いろいろと思案の必要がありそうだと思いながら……。









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